救援新聞・福岡県版  2011年8月5日号

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★  目次  ★
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 ■集会参加 一筆の署名 ワンコイン募金など
  原発ゼロ、 核兵器ゼロをめざそう!
 ■第45回日本国民救援会福岡県本部大会のお知らせ
 ■傍聴、署名、集会や宣伝行動などに参加しよう、参加をよびかけよう!
 ■第6回福岡における無名戦士合葬追悼会に70人が参加
 ■会員拡大
 ■会費納入、夏期募金にご協力をおねがします
 ■北九州市、市民センター利用申請に生年月日記載強要
  暴力団排除名目に、警察に照会
 ■真実発見と記録のかかわり


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■集会参加 一筆の署名 ワンコイン募金など
 原発ゼロ、 核兵器ゼロをめざそう!

 3・11の大震災・原発事故から間もなく5カ月になろうとしています。 この間の放射能汚染の広がりは国民の生命、健康、生活を危機にさらす深刻な事態となっています。
 原発事故が、政、官、財、メディアの原発利益共同体・原子力ムラによる「安全神話」をもとにした安全軽視による人災であることが国民の前に明らかになりました。 そして、人類はいまだに原子力をコントロールできる技術を確立していないことを目の当たりにしました。
 「ヒロシマ・ナガサキ」の原水爆禁止世界大会が近づいてきました。
 原子力、核兵器と人類は共存できなせん。 この夏、原発ゼロ、核兵器ゼロをめざして、行動をおこしましょう。

「安全神話」にお墨付きを与えてきた裁判所の責任
 日本に原発建設計画が公表されてから現在まで、原発建設予定地の住民などは地震による事故の危険性を訴え、建設差し止め、稼働差し止めなどを裁判所に求めてきました。
 裁判所も、「(原発による)災害が万が一にも起こらないようにするため」に十分な安全審査が求められる(92.10.29最高裁)としながら、「抽象的な域を出ない巨大地震を国の施策上むやみに考慮することは避けなければならない」「科学的根拠を持って地震動の発生及び規模等を想定できるものではないので、なおリスクとしても範囲に止まるものと言わざるを得ず」(2007.10.26静岡地裁)などと、「原子力ムラ」の「安全神話」にのり、それにお墨付きを与える判決を出しつづけてきました。 福島原発事故の責任の一端は裁判所にもあるのではないでしょうか。


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■第45回日本国民救援会福岡県本部大会のお知らせ
 と き   9月25日(日)10時30分〜16時
 ところ   北九州市戸畑区の「戸畑生涯学習センター」
 布川事件で無罪を勝ちとった桜井昌司さんが参加します。


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■傍聴、署名、集会や宣伝行動などに参加しよう、参加をよびかけよう!
・8月23日(火)11時〜   押し紙訴訟・H裁判 第一回控訴審 高裁
・9月16日(金)13時半〜  押し紙訴訟・M裁判 第2回控訴審 高裁502
   7月8日の第一回控訴審には20人を超える傍聴がありました。 有難うございました。
・9月25日(日)10時半〜  第45回国民救援会福岡県本部大会  北九州市
・9月28日(水)10時〜  TNC正社員化M裁判 結審 福岡地裁301
・10月3日(月)16時半〜 読売新聞社への損害請求黒藪裁判 地裁ラウンド
・10月17日(月)11時〜 在日コリアン高齢者無年金国家賠償裁判判決 高裁501

 明乳争議、都労委で福岡原告(3氏)に対する会社側証人への反対尋問が8月2、3日おこなわれます。
 26年間の間に、会社は合併などで組織も変わり、労働組合「食品ユニオン」を結成。 そこに本社社員が加入し団体交渉が可能に。 団体交渉の場を通じても解決を迫っています。

 TNC正社員化M裁判 正社員化裁判を支える「テレ西40条の会」の総会が7月15日開かれ、判決めざして支援運動を強めることを確認。


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■第6回福岡における無名戦士合葬追悼会に70人が参加
 7月10日にひらかれた追悼会は、今年3月18日の解放運動無名戦士追悼会(式典は震災の影響で中止)に、福岡市とその近郊および久留米市から合葬された29人を追悼さいました。 参列者やご遺族、合葬者を推薦した団体幹部から感謝の言葉がありました。
 北九州いしずえ会は、同じ10日に芦屋釜の里探訪の小旅行をおこないました。


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■会員拡大
 7月30〜31日にひらかれた国民救援会第57回中央委員会で、この間3人以上の会員拡大された、Oさん、Mさん、Yさんの3人が表彰されました。 引き続き会員拡大にご協力をお願いします。


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■会費納入、夏期募金にご協力をおねがします


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■北九州市、市民センター利用申請に生年月日記載強要
 暴力団排除名目に、警察に照会

 北九州市は市民センター利用申し込みの際の「使用申請書」に代表者の住所・氏名・性別だけでなく生年月日の記載を強要していることが判りました。
 記入された個人情報は警察に照会した上、「暴力団員でない」と確認すれば施設を貸すというもので、集会、結社の自由を保障した憲法違反の違法行為です。
 利用者からも質問状がだされたり、批判の声が上がっています。
 共産党のY市議がこの問題で北九州を追及しましたが市は「さまざまな意見があることは承知している」としながら記載廃止には難色をしめしています。
 Y市議の調査では、年間500万人が利用する市民センターで、暴力団が講演会や勉強会などで利用したことは一度もありません。
 北九州市は今後市民センターだけでなく、市の施設全部の申し込みに市民の個人情報を警察に照会するとしておりその数は4300件にもなります。
 個人情報の入手は必要最小限度にすべきです。 抗議の声を強めましょう。

プライバシー情報の取り扱いを自己決定する権利は憲法13条が保障している
 前ページによる北九州市の対応によれば、北九州市から照会された警察は、申請者の住所、氏名、性別、生年月日がわかれば、暴力団員かどうかがわかるリストをすでに備えていることになります 。一方、2011年6月22日までに県内で発生した発砲事件は10件で、そのうち少なくとも4件は暴力団のよるものとみられていますが、逮捕された人はゼロ、一人もいないのです。 その他、暴力団の事件は19件発生していますが、殆どが道仁会と誠道会の抗争です。(西日本新聞6月23日参照)。
 このような状況のなかで、市民に生年月日の記入を義務づけ、それを警察に照会することが果たして暴力団の抗争を減らすことにつながるのでしょうか?

国民の個人情報を行政が管理する住基ネットに対して
 「個人からみだりに自己の私的な情報を取得されたり、第三者に公表されたりしないプライバシー権は、いわゆる人格権の一内容として、憲法13条で保障されている。・・・・
 プライバシー情報の取り扱いを自己決定する利益(自己情報コントロール権)は、プライバシー権の重要な一内容になっている。
 住基ネットの対象となる本人確認情報のうち、氏名、生年月日、性別、住所の四情報は一般的の秘匿の必要性は高くなく、住民票コードも数字の羅列にすぎない。 しかし、それぞれ取り扱い方によっては個人の私生活上の自由を脅かす危険が生ずることがあり、本人確認情報はいずれもプライバシー情報として自己情報コントロール権の対象となるというべきだ。」 「個人の人格的自律の尊重は、個人だけでなく社会全体にとって重要」
(2006.12.1住基ネット訴訟大阪高裁判決)

個人を監視・撮影する街の監視カメラについて、県弁護士会の声明
 「警察等による市民監視や不透明な個人情報の収集・利用は個人のプライバシー権を侵害するばかりか、民主主義社会を支える言論・表現の自由を委縮させる危険がある」「犯罪防止のための監視が一定の場合に許されるとしても、具体的にその場所で起り得る犯罪の軽重や蓋然性を度外視し、抽象的な『安全』や、単なる主観にすきない『安心感』のために人権を制約することまで許されているのではない」(2009.7.31) 


 私たちは、ある人には住所、電話番号を教え、ある人には電話番号しか教えないなど、個人情報をコントロールして社会生活を営んでいます。 これをお互いが大切にすること、すなわち「個人の人格的自律の尊重は、個人だけでなく社会全体にとって重要」なことです。 行政との関係では、憲法13条で保障されたもので行政には擁護義務があります。
 このことを身につけ、暴力団ではないのだからいいではないか、とか、犯罪と関係ないのなら写真撮られてもいいのでは、などの議論に対応しましょう。
  一つの備えは、さらなる備えを必要とします 。それは歴史の教訓です。 みなさんのご意見をお聞かせ下さい。
 県本部電話・FAX092-724-6240


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■真実発見と記録のかかわり
 弁護士 S氏 (布川事件弁護団長)(講演・2011.2.19)
速記官制度を守る会ニュースより

私のおいたち
 1935年に山形県の農山村に生まれ、山形東高校夜間部卒業後、中央大学法学部夜間部に入った。 そのころ、オートバイのマフラーを改造して「カミナリ族」として町を走り回り、3回連続、警察に捕まったこともあった。 司法修習後、検事を希望していたがどこからも声がかからず、Mという真っ赤な弁護士事務所(笑)に入ることになった。

事件とのかかわり
 布川事件は1967年8月に発生した強盗殺人事件で、一審の水戸地裁土浦支部で68年10月に無期懲役判決が下された。 私は1970年秋に杉山氏の控訴審の弁護人を受任してから事件に関わることになった。

生きた速記録
 受任後、一審の記録に一通り目を通した。 最初は速記官が付いていなかったものの、裁判所もさすがに無罪を争っている事件だから正確性が必要だと思ったらしく、7回公判から速記官が付けられていた。 私は全く一審には立ち会っていないが、速記録を読むと、検察官側が詰まりに詰まって困っているところ、本人たちが威勢よく尋問しているところが目に浮かび、それまでの要約調書と比べると、やはり調書が生きていると感じた。
 控訴でも、争点の1つとなった目撃証人の尋問等には速記官に立ち会ってもらったが、残念ながら控訴棄却で有罪となった。 上告審からは櫻井氏も含めた両名の弁護人を受任し、10人の弁護団を結成した。
 上告審の最中の76年、櫻井氏の母親が危篤となり、拘留執行停止の申し立てをしたものの却下され、母親の死に目に逢えなかった。 このことについては東京都立大学のS教授が朝日新聞に「仮に両氏が無実であった場合、櫻井氏が母の死に目に会えなかったことについて誰がどのような償いをできるのであろうか」と怒りの投書もしてくれた。
 77年には、S先生や東北大のO先生らは「布川事件研究会」を立ち上げ、最高裁宛の要望書を提出してくれたにもかかわらず、78年7月に上告棄却の決定が出された。 読売新聞の社説だけが冤罪の疑いがあるとういうことを書いてくれた。 本人たちに「いつが一番つらかったか」と聞くと「最高裁で上告棄却になったとき」と言う。 この2人をどうやって立ち上がらせるかが再審に向けての私たちの最初の仕事だった。

再審をたたかう
 83年に第一次再審を申し立てて、92年に最高裁で特別抗告が棄却されたが、その後96年に、罪獄29年の末、仮釈放された。 一、二年後に2人とも結婚でき、杉山氏には子どももできたということで、私としても肩の荷が半分下り、とても楽になった気持ちだった。
 2001年に第二次再審申し立てをし、あらゆる論点に新証拠をぶつけることとした。 その結果、現場のガラス戸の損傷は被告人たちの自白どおりの蹴り方では生じないこと、現場の遺留毛髪に被告人たちのDNAと一致するものがなかったこと、被告人たちの自白は扼殺であるのに、新たに証拠開示された死体検案書によると絞殺であったこと、同じく開示された捜査段階の自白テープに計十何箇所もの編集痕があったこと等が明らかとなり、昨年の7月から土浦支部で再審公判が始まった。 昨年12月に弁護団の最終弁論と本人の最終陳述で結審し、来年3月16日に判決となっているので、またご注目頂きたい。

○会場からの質問等
(会場)布川事件が冤罪となってしまったことは、証拠を捏造・改ざんした検察だけでなく、裁判所にも責任があると思うが、その法曹二者の現状のどこに問題点があると考えておられるかお聞きしたい。

(S)布川弁護団も検察の証拠隠しに焦点を合わせてきた。 やはり基本から言うと、自白の全面可視化と証拠共通化が今後の司法の適正化に必要。 もう一つ、これまでの裁判所批判は意識的に避けてきたが、やはりここへ来て、裁判所と検察官が連合軍を組んで、検察のやることに目をつぶってきたことは指摘せざるを得ない。 検察官と被告人の法廷での言い分の対立について無批判に捜査官の証言を引き、被告人の言い分には一顧だにしない裁判所では困る。 常識を持って証拠を見れば、どちらの言い分に無理があるかは分かるはずであり、むしろ権力を持つ検察・警察のやることには無理があるんだという前提で物を見てほしい。

国民救援会は速記官制度をまもり、司法の充実を求めています。


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